食べ放題の考え方

流行ってるっぽいね、某位置情報ゲー。
テレビとかの扱いでプチブレイクくらいはすると思ってたけど、
まさかの各所で出入り禁止を食らうレベルの大盛況らしい。
自分でも遊んでみたが、結構面白い。
遊びの流れ的には前回調べた通り、各所のスポット(ポケストップとかなんとか)を回ってボールを確保。
歩いているとポケモンが飛び出してくるのでゲット。
ポケモンを捕まえると一緒に同じ種類のアメがもらえるのでそれでポケモンを強化、進化。
駅とかに設置されているジムでバトルといった感じ。
まだバトルするところまで行ってないので対戦がどんな感じなのかわからないけど、現状軽く歩くついでに起動しておくだけでも結構楽しい。
スポットは地図上に表示されており、名前のほかに写真を見ることができて、それに加えて解説なんかしてあるところもある。地元を軽く巡ってみると、普段通らない裏通りにデカいレリーフがあったり、住宅地の真ん中に記念碑が立ててあって解説を見てみると戦前からの由来があってびっくりなんてこともある。
今はだいぶ人が多くてログイン障害とかやたらあるが、もう少し落ち着いたらちょっと遠出してみるのも楽しいかな。

と、だいぶ脱線しつつようやく本題。
今話題の食べ放題といった感じの話を聞いた。
食べ放題というと定額で一定時間の間いくら食べてもOKというあれ。
それに関して昔、食べ放題の勝ち方という論題で遊んだことがあったのを思い出したので、それについて軽く回想してみる。

きっかけはとあるラジオで食べ放題についての軽い考え方の話題。
それによると食べ放題というといくら食べれるのかが重要という切り口。
時間制限があり、その間いくらでも食べれるのだから多く食べたほうがよりお得であるという理屈。
それに対して払う金額はいくら食べても変わらないのだからどれだけ食べようが客側として考えれば何の意味もないという見方もあるという話。
どっちもちゃんと考えるとまあ納得のいく話。
細かく考えると前者は食べ放題の金額を100とすると、一枚食べるごとに50、25と一枚ごとの単価が安くなっていくのでどんどんお得になっていくといった考え方。
後者はいくら食べようが最終的に払う100の数字に変化はないので好きな量を好きなだけ食べればよしというとらえ方なわけだ。

その話をさらに妄想を含ませて広げてみるという塩梅。
とりあえず客目線で考えてどうすれば食べ放題で勝ったといえるのか。
支払う額は一定。
とするとやはり食べる量で勝負なのか。
単純に考えて一食前を抜いてでも詰め込める量を増やして限界ぎりぎりまでお代わりを繰り返す。
量の問題もそうだが、ここでは支払った金額の元を取るという欲が絡んで来ることもある。
そうなると食べ放題の中でも特に原価の高そうなものを選んでそれのみに全力投球するというのが食べる目線で考えるつくところ。

それに対して別目線で当たってみる。
まずは先ほどの後者の考え方。
いくら量を食べたとしても支払う料金は一定。
原価の高い肉だろうか、安いものだろうがその中においては何の意味もない。

そこにまた別の視点。
でも個人の満足度で考えれば肉一枚と肉いっぱいで同じということはありえない。少しでも多く食べられるならそれだけうれしいはずなので多く食べるべき。

さらに変化球的な感じで、
でも、たくさん食べて気持ち悪くなったり後々健康に害が出るようなことがあったらむしろマイナスなのでは。多少余裕をもってバランスよく食べるのが長期的にみるとよくなるのでは。

いや、同じ量の肉でも一日に食べるのと一か月にわたって少しずつ食べるのでは快感の加速度が全然違う。
長期にわたって少しずつ良くするより後々に多少影響を与えてでも今日一日で幸福感を味わったほうが良かったこととして記憶に残るはず。
なので全力で食べるべき。

など意見がわらわら。
さらにひねっていくと、食べすぎは店側にダメージを与える→店が閉店する→食べ放題に行けなくなるという回りまわって自分に悪影響が出るので控える説とか、行きまくることにより食べ放題が流行っていると周りに錯覚させ、食べ放題の店を増やすことにより最終的に勝利を収めるみたいななんか規模が大きくなっているよくわからないやつとかも出てくる。

最終的にはちゃんとした結論は出ないで終わる議論なんだろうけど、こうした水掛け論もたまにやってみると最初のほうでは思いつかなかったようなアイディアが飛び出してきたりもするので面白い。

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